一本の電話

2003年7月9日
私の家ではお店を経営していて、数名の大学生がシフトでアルバイトしている。

もう何人もの大学生を見てきたけど、みんないい子たちばかり。卒業後もそのほとんどとは付き合いがあって、お盆になると彼らは秋林家まで顔を見せにやってきてくれる。

そんな中に、父が当時「亡くなった兄と同じ名前をしてるな〜」という理由でアルバイトに雇ったSくんという子がいた。母ひとり子ひとりという家庭環境のSくんは、とても苦労しながら大学に通っていて、父も母も彼のことをかなり気にかけていた。優しくていつも笑顔のSくんだったけど、残念ながら大学を中退、バイトも辞めてしまうことになった。いろいろな事情があってのことだったと思う。中退後、なにをやっているのかはわからなかったけど、年賀状は毎年必ず届いていて、どうやら元気に暮らしているらしいということだけは知らせてくれていた。

そんな彼が、今年のお正月…何年かぶりに顔を見せにやって来た。奥さんと産まれたばかりの子供を連れて。残念ながら私は彼に会えなかったけど、彼に会った父と母は、幸せそうなSくんを見て喜び、それを聞いた私は、彼の苦労を知っているだけに、彼の幸せが本当に嬉しかった。

Sくんはそのとき、母にこんなことを云ったらしい。


「おばちゃん…子供って、こんなにかわいいものだったんだね…」


母は、ぽつりともらした彼のその言葉がとても印象的だった――と話してくれた。


それから数ヶ月経った先月末――我が家に一本の電話が入った。
Sくんの奥さんからだった。

電話の内容は信じられないものだった。


――Sくんがガンで亡くなった――。


その一本の電話で我が家は凍りつき、父は「仕事にならない」と泣き出し、母はただ呆然としていた。

進行性のガンだったらしい。病名が判明したその月の末に…彼は逝ってしまった。30歳という若さで。奥さんもまだ若く、子供も生まれたばかり。……悔しかっただろう…もっともっと…生きたかっただろう…。

なんだか今でも信じられない。
あのSくんが…死んだなんて。

私が思い出すSくんは…いつも同じ。
優しい言葉遣い、ひょうひょうとした仕草――そして笑顔。
…だけど…彼の時間は止まってしまった……。


あれから父も母も落ち着き、お店の雰囲気は平常に戻った。でも…来年またお正月になって、彼からの年賀状が届かないと知ったとき――せつない消失感を感じることになるんだろう……。

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