■『エロとじv―b-BOYアンソロジー』
ISBN:4862631908 単行本 リブレ出版 2007/06 ¥1,100
長いです…ってか、意図的に長くしました。
■「鈍色の華」 作:木原音瀬 扉絵:鈴木ツタ
扉惹句:「誰も見たことのないその華は、誰とも違う輝きを放ち…」
萌えで推し量れぬ作家、木原音瀬(このはら・なりせ)の登場である。
木原音瀬は、私にとってたいへん厄介な作家だ。新作が出れば、本屋へ行って手に取り、そしてレジへと向かうのだけれども、「木原作品vs.私」とゆーか、読む前に身構えてしまい、帰宅後しばらく本と対峙することになる。「動かざること山の如し」とは、まさにこのこと(…引用間違ってます>秋林さん)。購入してから読むに至るまで、数日〜数週間かかるということもザラ。たとえばストレートに甘さを与えてくれる英田サキなら、すぐさま通勤電車の中で(もちろん、カラー口絵クリップ留め処置は必至だ!)ページをめくることもできるが、木原音瀬となるとなかなかそうもいかない。読みたくない…のではなく、読もうという気分になるまでどうしても手が出せず、モヤモヤっとしてしまうからである。
エンタテインメントなファンタジー産物であるはずのBLで、自分が持っているモラルのレベルがどうであるか、方向が間違っていないかと、読み進めていくうちにだんだんと気になってくるのは、彼女の作品ぐらいだと思う(鬼畜系作家とは別次元…とゆーかアナザープラネッツな話である)。BLにおける常識(≒甘いお約束)を、簡単に覆してくることも多々ある木原作品には、鬼畜・健気関わらず、ヘビー級の一途さを見せるキャラが多く登場してくるのだが、大概キャラにその自覚がないため、悲壮さが全体に漂わず、淡々として乾いた文章がマイペースで続くこともあって(「木原リズム」とでも云うか)、読み手は「せつなさ」を通り越した「痛さ」を感じてしまう。
感動が待ってるかもしれない、いや待ってるに違いない――でも、そこに至るまでがとにかく「痛い」。作品によっては、私も我慢しっぱなしである。
…以上、私が勝手に位置づけた木原音瀬イメージを踏まえ、以下、「鈍色の華」の感想を。
!マジで完全ネタバレ注意報!
参った…スゴイよ、これ…。
アゼン → ボーゼン → ガクゼン だ!!
受は40代後半で白髪まじりのまったく冴えない窓際リーマン。
攻は仕事で取引交渉中の得体知れずな年下ガイジン2名。
社長の監視のもと、料亭で接待複数プレイ。
攻が受を「baby」と呼ぶ。
女体盛りならぬ中年男盛り。
ひぃぇえええええええええええ!
……。
さすがに私も一瞬、ロープを掴みかけた。
フツーならば、「エロとじv」に収録されている他の作家のように、鬼畜道ここに極まれりなエロでオチなく終わっていく、もしくは「イヤイヤ、ああ〜ん♪」で「攻が受を手に入れて最後にニンマリ」という作品になるところなのだが、書き手は木原音瀬、フツーに始まりフツーで終わるはずがない。
40代後半でリストラに怯える窓際リーマン、典型的なダメオヤジである鶴谷。仕事上だけでなく、ひとりの人間としても彼に興味を持つ者はいない。そんな彼が、契約を結ぼうとしている米国大企業の重要人(しかもふたり!)に突然、セックスの相手として指名される。なぜ鶴谷?…理由はいらない。わかるわけがないし、わからないままでいいからである。相手はガイジン、典型的なダメオヤジには得体の知れない肉食人種、怖い相手だ。読み手は鶴谷とともに混乱しながら、そのままエロへ。萌えなど一切ない、鬼畜スレスレ、例の「木原リズム」で淡々と描かれている(木原音瀬は感嘆符「!」を使用しない)、実に怖いエロである。本作は(とりあえず)BLにカテゴライズされているが、ホラー、もしくはSF(スペキュレーティブ・フィクション)のようでもあり――読んでいると、安部公房の『箱男』をなんとなく思い出してしまった。
私は短編小説/映画が大好きでよく読む/観るのだが、BLとしてでなく短編小説としても、本作の完成度はおっそろしく高いと感じる。次元が違う、アナザープラネッツな出来。社長の前で鶴谷がある告白をし、唐突に話は終わっていくのだが、ラストを鶴谷のセリフで締めくくっているあたり、印象的な短編小説をどう書くか、感覚でわかってる作家だなと思う(プロに対し、たいへん失礼な云い方になってしまうが)。榎田尤利もまたしかり。鶴谷の告白を聞いた社長のリアクションなんて、いらないでしょ?…だってそれは読み手と同じはずだから。同情したいけどできない鶴谷視点で始まり、最後は社長に同調する(注)。なんて素晴らしい。
エロにドン引きされることは別にして、もしかしたら海外で短編小説賞を獲れるかもよ?…ってか、なんでこれが「エロとじv」に載ってるんだ!?
評価:★★★★★(BLってスゴイ。木原音瀬みたいな作家がいるんだから)
秋林好み度:★★★(…だからね、評価と好みは違うの。私にオヤジ受属性はないし、何度も読み返したい作品でもないから)
絵師の鈴木ツタはグッジョブだと思うが、三段も落としてくるストーリーに、主人公がくたびれたリーマンということで、国枝彩香で見たかったかな…。惹句は…そうだな、けっこういい感じ、合ってると思う。
本作で初めて木原作品を読んだ人(Dさんだ、Dさん!)、なにもこんなキョーレツな作品を選ばなくたって…と云いたいところだが、「読んでみなければわからない」「人の評価を聞いてから読むかどうかを決めよう」な木原作品なだけに、「なんだこりゃ!?」という感想を聞いても、「お気の毒でした」としか云えない…。たとえば、三島由紀夫の作品を初めて読む人に薦めるならば『潮騒』、いきなり『禁色』は薦めないでしょ?
■(注)ちょっと分かりにくいかなと思ったので補記
「40代後半・白髪まじり・まったく冴えない窓際リーマン」という設定だけで、共感しづらく「うっ…」とくる。鶴谷の接待場面は「かわいそう、ひどい」と思うには思うけど、あまりの非日常かつ異常な状況に、読み手は自分の中に棲むモラルとの葛藤で必死になってしまい、彼に同情する余裕がなく、ただただ傍観するだけ。その場面が終わってホっとしてたら、読み手の知らないうちに、鶴谷が豹変していた。最後の告白。読み手は社長とともに愕然となる。
ISBN:4862631908 単行本 リブレ出版 2007/06 ¥1,100
2007年6月19日『エロほんv』と同時発売!!キラキラ表紙が目印!業界騒然!! ボーイズノベルの最強作家陣ここに集まる!小説b-Boyで初登場以降、ありえないほどの人気エッチ企画が、新作書き下ろし6本を加えてアンソロジー化★ 空前絶後のエッチを見よ!
ラインナップ
英田サキ、あさぎり夕、あすま理彩、斑鳩サハラ、和泉 桂、榎田尤利、鬼塚ツヤコ、木原音瀬、南原 兼、水戸 泉、水上ルイ、山藍紫姫子、雪代鞠絵
長いです…ってか、意図的に長くしました。
■「鈍色の華」 作:木原音瀬 扉絵:鈴木ツタ
扉惹句:「誰も見たことのないその華は、誰とも違う輝きを放ち…」
萌えで推し量れぬ作家、木原音瀬(このはら・なりせ)の登場である。
木原音瀬は、私にとってたいへん厄介な作家だ。新作が出れば、本屋へ行って手に取り、そしてレジへと向かうのだけれども、「木原作品vs.私」とゆーか、読む前に身構えてしまい、帰宅後しばらく本と対峙することになる。「動かざること山の如し」とは、まさにこのこと(…引用間違ってます>秋林さん)。購入してから読むに至るまで、数日〜数週間かかるということもザラ。たとえばストレートに甘さを与えてくれる英田サキなら、すぐさま通勤電車の中で(もちろん、カラー口絵クリップ留め処置は必至だ!)ページをめくることもできるが、木原音瀬となるとなかなかそうもいかない。読みたくない…のではなく、読もうという気分になるまでどうしても手が出せず、モヤモヤっとしてしまうからである。
エンタテインメントなファンタジー産物であるはずのBLで、自分が持っているモラルのレベルがどうであるか、方向が間違っていないかと、読み進めていくうちにだんだんと気になってくるのは、彼女の作品ぐらいだと思う(鬼畜系作家とは別次元…とゆーかアナザープラネッツな話である)。BLにおける常識(≒甘いお約束)を、簡単に覆してくることも多々ある木原作品には、鬼畜・健気関わらず、ヘビー級の一途さを見せるキャラが多く登場してくるのだが、大概キャラにその自覚がないため、悲壮さが全体に漂わず、淡々として乾いた文章がマイペースで続くこともあって(「木原リズム」とでも云うか)、読み手は「せつなさ」を通り越した「痛さ」を感じてしまう。
感動が待ってるかもしれない、いや待ってるに違いない――でも、そこに至るまでがとにかく「痛い」。作品によっては、私も我慢しっぱなしである。
…以上、私が勝手に位置づけた木原音瀬イメージを踏まえ、以下、「鈍色の華」の感想を。
!マジで完全ネタバレ注意報!
参った…スゴイよ、これ…。
アゼン → ボーゼン → ガクゼン だ!!
受は40代後半で白髪まじりのまったく冴えない窓際リーマン。
攻は仕事で取引交渉中の得体知れずな年下ガイジン2名。
社長の監視のもと、料亭で接待複数プレイ。
攻が受を「baby」と呼ぶ。
女体盛りならぬ中年男盛り。
ひぃぇえええええええええええ!
……。
さすがに私も一瞬、ロープを掴みかけた。
フツーならば、「エロとじv」に収録されている他の作家のように、鬼畜道ここに極まれりなエロでオチなく終わっていく、もしくは「イヤイヤ、ああ〜ん♪」で「攻が受を手に入れて最後にニンマリ」という作品になるところなのだが、書き手は木原音瀬、フツーに始まりフツーで終わるはずがない。
40代後半でリストラに怯える窓際リーマン、典型的なダメオヤジである鶴谷。仕事上だけでなく、ひとりの人間としても彼に興味を持つ者はいない。そんな彼が、契約を結ぼうとしている米国大企業の重要人(しかもふたり!)に突然、セックスの相手として指名される。なぜ鶴谷?…理由はいらない。わかるわけがないし、わからないままでいいからである。相手はガイジン、典型的なダメオヤジには得体の知れない肉食人種、怖い相手だ。読み手は鶴谷とともに混乱しながら、そのままエロへ。萌えなど一切ない、鬼畜スレスレ、例の「木原リズム」で淡々と描かれている(木原音瀬は感嘆符「!」を使用しない)、実に怖いエロである。本作は(とりあえず)BLにカテゴライズされているが、ホラー、もしくはSF(スペキュレーティブ・フィクション)のようでもあり――読んでいると、安部公房の『箱男』をなんとなく思い出してしまった。
私は短編小説/映画が大好きでよく読む/観るのだが、BLとしてでなく短編小説としても、本作の完成度はおっそろしく高いと感じる。次元が違う、アナザープラネッツな出来。社長の前で鶴谷がある告白をし、唐突に話は終わっていくのだが、ラストを鶴谷のセリフで締めくくっているあたり、印象的な短編小説をどう書くか、感覚でわかってる作家だなと思う(プロに対し、たいへん失礼な云い方になってしまうが)。榎田尤利もまたしかり。鶴谷の告白を聞いた社長のリアクションなんて、いらないでしょ?…だってそれは読み手と同じはずだから。同情したいけどできない鶴谷視点で始まり、最後は社長に同調する(注)。なんて素晴らしい。
エロにドン引きされることは別にして、もしかしたら海外で短編小説賞を獲れるかもよ?…ってか、なんでこれが「エロとじv」に載ってるんだ!?
評価:★★★★★(BLってスゴイ。木原音瀬みたいな作家がいるんだから)
秋林好み度:★★★(…だからね、評価と好みは違うの。私にオヤジ受属性はないし、何度も読み返したい作品でもないから)
絵師の鈴木ツタはグッジョブだと思うが、三段も落としてくるストーリーに、主人公がくたびれたリーマンということで、国枝彩香で見たかったかな…。惹句は…そうだな、けっこういい感じ、合ってると思う。
本作で初めて木原作品を読んだ人(Dさんだ、Dさん!)、なにもこんなキョーレツな作品を選ばなくたって…と云いたいところだが、「読んでみなければわからない」「人の評価を聞いてから読むかどうかを決めよう」な木原作品なだけに、「なんだこりゃ!?」という感想を聞いても、「お気の毒でした」としか云えない…。たとえば、三島由紀夫の作品を初めて読む人に薦めるならば『潮騒』、いきなり『禁色』は薦めないでしょ?
■(注)ちょっと分かりにくいかなと思ったので補記
「40代後半・白髪まじり・まったく冴えない窓際リーマン」という設定だけで、共感しづらく「うっ…」とくる。鶴谷の接待場面は「かわいそう、ひどい」と思うには思うけど、あまりの非日常かつ異常な状況に、読み手は自分の中に棲むモラルとの葛藤で必死になってしまい、彼に同情する余裕がなく、ただただ傍観するだけ。その場面が終わってホっとしてたら、読み手の知らないうちに、鶴谷が豹変していた。最後の告白。読み手は社長とともに愕然となる。
コメント
お疲れ様でした!!
この作品を私は読んでいないのですが、
>「読んでみなければわからない」「人の評価を聞いてから読むかどうかを決めよう」な木原作品
まさにその通りだと思いますので、ネタバレでもOKと思って拝読してしまいました。いえ、ネタバレ注意の前の木原イメージが「そうですよね!」と言いたくなるようなことばかりだったので、我慢できなかったんですが…。
私も木原作品は読むのにパワーが必要なので積読率が高いです。「モヤモヤっと」ってぴったりですね。まさにそんな感じで。
>自分が持っているモラルのレベルがどうであるか、方向が間違っていないかと、
そうなんですよね!(こればっか…)何かこう、読んでいるうちに色々試されているような気がしてきます。しかも自分のモラルに自信喪失…なんて非常事態に陥ってしまったり……。
それと作品自体が未読であっても、「秋林さん好み度」、すごく分かるような気がします。そういう作家さんだよなあと(笑)
拝読しているうちに、私も木原イメージを語りたくなってしまいました。ここまで上手にまとめる(素晴らしいです!)のは無理ですが、時間ができたら語っちゃいそうです。
ある意味とーっても木原らしい作品でしたよね。
私は一気にだーっと読んで読み終わったあとに呆然としていました。
あの引力は本当にすごいと思います…。
>短編小説としても、本作の完成度はおっそろしく高いと感じる
これ、私も思いましたー。
とはいえ、
他作品を考えてもBLというカテゴリーとは別のところで、
作品としての完成度がやたら高いのは木原作品の特徴のひとつかなぁーと。
なにはともあれおつかれさまでした。
他の感想も楽しく拝見させていただきました♪
>本作で初めて木原作品を読んだ人(Dさんだ、Dさん!)、なにもこんなキョーレツな作品を選ばなくたって…
選んだつもりはなかったんですよ(笑)!あさぎり作品と同様向こうからやって来たというか(笑)。
でも『SASRA』でこれが木原さんなんじゃないか?って思ったパートは、切ないながらもかなり良いと思って読めたので、今後もチャレンジして行きたい作家さんですね。…ってここで「チャレンジ」って表現を使ってしまうあたりが…。
あと、それから、皆さんが痛い痛い言う意味がわかりました、そういうことだったんですね。
めっちゃ試されます…<木原さん
木原ファンは「試されるのが快感♪」なのかなあ…一度、訊いてみたいです。
私の場合「好み度=萌え度」ですね。作家陣に木原音瀬の名前を見つけたときに、「あかん。評価と萌え度は別に★つけなきゃ」と思って、ふたつに分けたんです。
>翠さん
ホント、ある意味、木原王道作品でした<本作
「エロとじv」で木原音瀬を読んだ後、みんなちゃんと次の作品を読めたのかしら?と思いました。
リクエスト、ありがとうございました!
今度また木原作品の感想を書こうと思ってます。
>Dさん
みんな、恐る恐る手に取るんですよ(わはは!)<木原作品
木原音瀬にしか書けないジャンルです、もう。
「木原文学」とゆーか。