松田美優スペシャル!【1】:『赤い呪縛』 大洋図書 2006年
2007年12月11日 Rotten Sisters!
■『赤い呪縛』
ISBN:4813011276 新書 松田美優(挿絵:奈良千春) 大洋図書 2006/04/24 ¥903
オンライン小説サイトで活動していたという松田美優のデビュー作。
そのデビュー作で絵師が奈良千春、とは破格の扱いである。
どちらかといえばニガテで避けていた兄弟:兄×弟モノ(せめて逆だったら)、大映ドラマのようなベタなタイトル(しかも痛そうな書体)、さらに絵師が奈良千春画伯(しかも般若タッチ時代)――なんとハード系ドロドロ三拍子が揃った作品なことよ、もしかして以前返り討ちに遭った水原とほる路線(http://diarynote.jp/d/25683/20070427.html)か?…と、途中ギブをマジ覚悟して読み始めたのだが。
重い内容に相反するちょっと冷めて乾いた「他人事」描写。
オタク要素が存在しない日常。
罪悪感や禁忌を軽ーく飛び越える「いまどきのにーちゃん」キャラ。
モラルの葛藤は別次元、さじ加減の上手いバイオレンス。
面白い作家が出てきたなあ――待ってたよ、こんな人。
BL界におけるニュー・ロスト・ジェネレーション(←例えが古い…)、まるでブレット・イーストン・エリスのよう。腐女子の最末席組な私としては大歓迎だ。
JUNE要素を感じさせる設定やストーリーなのに古くない、ドロドロしてない、耽美じゃない。どこか狂っていて、悲しい、せつない、痛いはずなのに――苦悩するキャラに一線を引いてしまう。いまどきのにーちゃんたちによる「日常の中の非日常」「非日常の中の日常」を、鏡の向こう側から覗き見している気分になる、とでもいうか。たぶん「弟寄りで見守っているが、禁忌に染まっていく兄弟に救いの手を差し伸べるわけではない」視点と、寓話的でスッキリした文章のせいと思われるのだが、かといってすべてが冷ややかだということもない。
!以下、ネタバレ注意報!
自分の魅力を自覚し、食い散らかすように相手を落としてきた弟が、一番身近な存在である兄(父親違い)の思いに気付いていなかった、ちょっと可愛くしてれば兄は自分を悪く扱わないはず――それがあるきっかけから立場が逆転。つまりある種の逆転劇(下克上ではない)である。
バイオレンス描写は兄弟ゲンカ風のどつきあい程度、弟・日向がかわいそう…と感じるより、女教師にまで手を出す日向の貞操観念の低さ、そのいまどきぶりに「お前な〜そりゃ怒られる、因果応報だね」とまず呆れてしまうので、さほど痛々しく感じない。がしかし、兄・龍昇の心情が控えめにされた第三者的文章が淡々と続いていくためか、読み手も追い詰められていく日向に同情し始め、龍昇の彼女・さくらちゃん登場のあたりから、「うわ…ちょっとかわいそうかも」になっていく。いつの間にか読み手の心情まで逆転する。
寓話的でスッキリした文章と書いたが、それをよく表した一文が以下である。
ふたりの禁断的な関係を知っているのは、誰も彼らを止めることができない――たとえばそれは、陽を遮る縁側の葦簾、庭に咲く紫陽花、ヒグラシ、床に散らばるビデオテープだったり…と、JUNE的要素を感じさせるものを多く取り入れてくるのに、なぜか描写は耽美にならない。本編を通して読んでみると「これは禁忌ではないのですよ」と云われているような気分になる。不思議だ。ドロドロの設定で、こんな雰囲気を出してくる作家はあまりいない(と思う)。JUNEには戻れない…けど、軽く明るいポップなBLにときどき抵抗を感じてしまう、という人には向いているのではないだろうか。
松田美優が描くキャラは、どこにでもいる「いまどきのにーちゃん」たちで、いままでBL作家が書こうとして実は書けてなかった、身体を繋げたがる世代の人たちである。キャラの喋り方やその思考だけではない。日向が友だちと公園で遊ぶのは、スケートボード(フツーの作家ならスケボーと書いてしまうかも)やBMX、龍昇の職業はドカタ、乗ってる車は黒のサバーバン――そういったキャラに説得力を持たせながら、いまどきを感じさせるものをサラリと出してくるのが新鮮だった。金持ちハンサムセレブは出てこない。だからこそ、日常の中の非日常が浮き上がってくる。素晴らしい!
自覚しながらも日向を選んだ龍昇。堕ちて行くふたりを見送るだけの読み手。最後に勝ち残った真の勝者は日向。ラストで再逆転。ぼやーんとしたエンディングに感じられるかもしれないが、業火に焼かれてもおかしくない兄弟に未来はないはず、逆にハッキリさせられたほうが興ざめだと思う。
昨年読んでいたら、BL小説2006年度ベスト1に選んだ作品。
評価:★★★★★(ウェルカム!待ってたよ!>松田センセ)
デビュー作なのに、密林ではなんと19件(!)のレビューがついている。それだけ注目されたってことだろうなあ。ホメたけど、まったく問題がなかったわけではなく、たとえば各エピソードはポツンポツンと切れていて繋がりが滑らかではなく、長編慣れしていない印象が強く感じられる。ハッキリ云うとヘタ。第三者キャラがときどきへのへのもへじになる(=いいかげんになる)ところも、ちょっと気になる。2作目以降、どうなるかな…。
絵師の奈良千春画伯について少し。奈良画伯といえば、英田兄貴の「エス」でその名をさらに揚げた、俗に「奈良買い」という言葉が存在するほど人気のある絵師さん。すんごいエロな絵をばばーん!と描く、ヤクザやハード系を得意とする絵師というイメージを持たれていると思うけど、私が「画伯」と呼んで最大評価しているのは、そんなすんごい絵が描けるからではなく、本編をつかむ上手さに感動しているから。
奈良画伯のベストコラボレート作品は、(いまのところ)この『赤い呪縛』、ベストパートナーは松田美優だと思う。松田センセのちょっとヒヤリとした雰囲気を出せるのは画伯だけ、毎月「画伯チェック」を怠らない私に云わせると、表紙やカラー口絵で過剰エロを描いていない(=肌色率が低い)、あるいはやたらと華美な配色を施していないほうが、本編は面白いという傾向がある。
この本持ってる人、裏表紙カバー見て下さい――私が云う「『日常の中の非日常』『非日常の中の日常』を、鏡の向こう側から覗き見している気分」にならないっスか?
庭の紫陽花から見える加藤家。久しぶりに龍慶に会ってはしゃぐ日向、弟が可愛くて仕方がない龍慶、そんなふたりに煙草吸いながらそっぽを向く龍昇。さらにその向こう側には、テーブルとイス・水切り棚・掛けられたふきん・白い冷蔵庫(メモつき!)が描かれたものすごーく生活臭のする台所。一見すると加藤家の日常だけど、すでに日向と龍昇の関係は始まっているので、「日常の中の非日常」というより実は「非日常の中の日常」。それを庭の紫陽花が見ている(=庭からこっそり覗く)。カラー口絵もいい。散らばるビデオテープ、見上げて泣く日向、そんな日向を見下ろしている龍昇(バックポケットに財布の入ったデニムを穿いて、手はポケットの中に突っ込まれ、背を向けているために表情がわからないという構図がポイント)。私が松田センセだったら泣く。「私が表現したいことが描かれている!」って。
エロ描写は激しいのに、露出が意図的に抑えられている挿絵とカラー口絵。描けるくせに描かない(失礼!)奈良画伯、すごい。作品を見事につかんでる証拠。読めばわかるけど、松田作品に過激な露出、派手で華美な挿画はいらない。求められるのは、ディテールと一歩引いた冷ややかさだと思う。
ZERO STARS … 論外/問題外作
★ … お好きな人はどうぞ。
★★ … つまんない。
★★★ … 退屈はしないしけっこう面白い。
★★★★ … 面白い。佳作/秀作。エクセレント。
★★★★★ … 天晴れ。傑作。ブリリアント。
ISBN:4813011276 新書 松田美優(挿絵:奈良千春) 大洋図書 2006/04/24 ¥903
自分の魅力を知りつくしている高校生・加藤日向は、ふたりの兄に甘やかされて育った。だが、日向の平穏で勝手気儘な生活は、次兄・龍昇によって壊される。「俺はもうお前を、弟して見んのはやめたから」兄の龍昇が、そう宣言した日から、恋愛において、これまでずっと勝者だった日向の立場は逆転する。いけないことだと思いながら、龍昇のことが気になって仕方がない。安寧を得るはずの空間は危険極まりない空間になってゆき!?
オンライン小説サイトで活動していたという松田美優のデビュー作。
そのデビュー作で絵師が奈良千春、とは破格の扱いである。
どちらかといえばニガテで避けていた兄弟:兄×弟モノ(せめて逆だったら)、大映ドラマのようなベタなタイトル(しかも痛そうな書体)、さらに絵師が奈良千春画伯(しかも般若タッチ時代)――なんとハード系ドロドロ三拍子が揃った作品なことよ、もしかして以前返り討ちに遭った水原とほる路線(http://diarynote.jp/d/25683/20070427.html)か?…と、途中ギブをマジ覚悟して読み始めたのだが。
重い内容に相反するちょっと冷めて乾いた「他人事」描写。
オタク要素が存在しない日常。
罪悪感や禁忌を軽ーく飛び越える「いまどきのにーちゃん」キャラ。
モラルの葛藤は別次元、さじ加減の上手いバイオレンス。
面白い作家が出てきたなあ――待ってたよ、こんな人。
BL界におけるニュー・ロスト・ジェネレーション(←例えが古い…)、まるでブレット・イーストン・エリスのよう。腐女子の最末席組な私としては大歓迎だ。
JUNE要素を感じさせる設定やストーリーなのに古くない、ドロドロしてない、耽美じゃない。どこか狂っていて、悲しい、せつない、痛いはずなのに――苦悩するキャラに一線を引いてしまう。いまどきのにーちゃんたちによる「日常の中の非日常」「非日常の中の日常」を、鏡の向こう側から覗き見している気分になる、とでもいうか。たぶん「弟寄りで見守っているが、禁忌に染まっていく兄弟に救いの手を差し伸べるわけではない」視点と、寓話的でスッキリした文章のせいと思われるのだが、かといってすべてが冷ややかだということもない。
!以下、ネタバレ注意報!
自分の魅力を自覚し、食い散らかすように相手を落としてきた弟が、一番身近な存在である兄(父親違い)の思いに気付いていなかった、ちょっと可愛くしてれば兄は自分を悪く扱わないはず――それがあるきっかけから立場が逆転。つまりある種の逆転劇(下克上ではない)である。
バイオレンス描写は兄弟ゲンカ風のどつきあい程度、弟・日向がかわいそう…と感じるより、女教師にまで手を出す日向の貞操観念の低さ、そのいまどきぶりに「お前な〜そりゃ怒られる、因果応報だね」とまず呆れてしまうので、さほど痛々しく感じない。がしかし、兄・龍昇の心情が控えめにされた第三者的文章が淡々と続いていくためか、読み手も追い詰められていく日向に同情し始め、龍昇の彼女・さくらちゃん登場のあたりから、「うわ…ちょっとかわいそうかも」になっていく。いつの間にか読み手の心情まで逆転する。
寓話的でスッキリした文章と書いたが、それをよく表した一文が以下である。
実のところ、日向と長兄は十、次兄とは六つ年が離れている。BLはキャラ設定が細かいので、普通なら「日向は十七歳、一番上の兄・龍慶は二十七歳、二番目の兄・龍昇は二十三歳」となるだろう。ところが松田美優は、具体的に兄の年齢を書かず、しかも日向の年齢もこの文章の後にならなければ「十七歳」とはわからない――すべてがハッキリしない、なんとなく寓話的な印象の表現を選択している。本作が兄弟モノで禁忌である以上、たったそれだけでも私は救いを感じる。ただし、それは個人的かつ感覚的な印象であり、そう感じない人も確実にいるだろう。本作の評価がパッカリ分かれてしまったのは、そのあたりをどう受け止めたかにあるような気もする。
ふたりの禁断的な関係を知っているのは、誰も彼らを止めることができない――たとえばそれは、陽を遮る縁側の葦簾、庭に咲く紫陽花、ヒグラシ、床に散らばるビデオテープだったり…と、JUNE的要素を感じさせるものを多く取り入れてくるのに、なぜか描写は耽美にならない。本編を通して読んでみると「これは禁忌ではないのですよ」と云われているような気分になる。不思議だ。ドロドロの設定で、こんな雰囲気を出してくる作家はあまりいない(と思う)。JUNEには戻れない…けど、軽く明るいポップなBLにときどき抵抗を感じてしまう、という人には向いているのではないだろうか。
松田美優が描くキャラは、どこにでもいる「いまどきのにーちゃん」たちで、いままでBL作家が書こうとして実は書けてなかった、身体を繋げたがる世代の人たちである。キャラの喋り方やその思考だけではない。日向が友だちと公園で遊ぶのは、スケートボード(フツーの作家ならスケボーと書いてしまうかも)やBMX、龍昇の職業はドカタ、乗ってる車は黒のサバーバン――そういったキャラに説得力を持たせながら、いまどきを感じさせるものをサラリと出してくるのが新鮮だった。金持ちハンサムセレブは出てこない。だからこそ、日常の中の非日常が浮き上がってくる。素晴らしい!
自覚しながらも日向を選んだ龍昇。堕ちて行くふたりを見送るだけの読み手。最後に勝ち残った真の勝者は日向。ラストで再逆転。ぼやーんとしたエンディングに感じられるかもしれないが、業火に焼かれてもおかしくない兄弟に未来はないはず、逆にハッキリさせられたほうが興ざめだと思う。
昨年読んでいたら、BL小説2006年度ベスト1に選んだ作品。
評価:★★★★★(ウェルカム!待ってたよ!>松田センセ)
デビュー作なのに、密林ではなんと19件(!)のレビューがついている。それだけ注目されたってことだろうなあ。ホメたけど、まったく問題がなかったわけではなく、たとえば各エピソードはポツンポツンと切れていて繋がりが滑らかではなく、長編慣れしていない印象が強く感じられる。ハッキリ云うとヘタ。第三者キャラがときどきへのへのもへじになる(=いいかげんになる)ところも、ちょっと気になる。2作目以降、どうなるかな…。
絵師の奈良千春画伯について少し。奈良画伯といえば、英田兄貴の「エス」でその名をさらに揚げた、俗に「奈良買い」という言葉が存在するほど人気のある絵師さん。すんごいエロな絵をばばーん!と描く、ヤクザやハード系を得意とする絵師というイメージを持たれていると思うけど、私が「画伯」と呼んで最大評価しているのは、そんなすんごい絵が描けるからではなく、本編をつかむ上手さに感動しているから。
奈良画伯のベストコラボレート作品は、(いまのところ)この『赤い呪縛』、ベストパートナーは松田美優だと思う。松田センセのちょっとヒヤリとした雰囲気を出せるのは画伯だけ、毎月「画伯チェック」を怠らない私に云わせると、表紙やカラー口絵で過剰エロを描いていない(=肌色率が低い)、あるいはやたらと華美な配色を施していないほうが、本編は面白いという傾向がある。
この本持ってる人、裏表紙カバー見て下さい――私が云う「『日常の中の非日常』『非日常の中の日常』を、鏡の向こう側から覗き見している気分」にならないっスか?
庭の紫陽花から見える加藤家。久しぶりに龍慶に会ってはしゃぐ日向、弟が可愛くて仕方がない龍慶、そんなふたりに煙草吸いながらそっぽを向く龍昇。さらにその向こう側には、テーブルとイス・水切り棚・掛けられたふきん・白い冷蔵庫(メモつき!)が描かれたものすごーく生活臭のする台所。一見すると加藤家の日常だけど、すでに日向と龍昇の関係は始まっているので、「日常の中の非日常」というより実は「非日常の中の日常」。それを庭の紫陽花が見ている(=庭からこっそり覗く)。カラー口絵もいい。散らばるビデオテープ、見上げて泣く日向、そんな日向を見下ろしている龍昇(バックポケットに財布の入ったデニムを穿いて、手はポケットの中に突っ込まれ、背を向けているために表情がわからないという構図がポイント)。私が松田センセだったら泣く。「私が表現したいことが描かれている!」って。
エロ描写は激しいのに、露出が意図的に抑えられている挿絵とカラー口絵。描けるくせに描かない(失礼!)奈良画伯、すごい。作品を見事につかんでる証拠。読めばわかるけど、松田作品に過激な露出、派手で華美な挿画はいらない。求められるのは、ディテールと一歩引いた冷ややかさだと思う。
ZERO STARS … 論外/問題外作
★ … お好きな人はどうぞ。
★★ … つまんない。
★★★ … 退屈はしないしけっこう面白い。
★★★★ … 面白い。佳作/秀作。エクセレント。
★★★★★ … 天晴れ。傑作。ブリリアント。
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