■『巧みな狙撃手』
ISBN:4813011608 新書 松田美優(挿絵:奈良千春) 大洋図書 2007/08/30 ¥903
「連はいずれ俺の存在が脅威になると思うんだよね。だから秘密は共有しようぜ?」 ある朝、飼い犬の散歩に出かけた湯本は、森の脇道で近所の高校生・連がひとり自慰に耽る姿を目にする。見られてはならない姿を見られて絶望する連に、湯本は言いようのない欲情を覚えて関係を迫るのだが……
表題作『巧みな狙撃手』、義父と義息の不道徳な関係を描いた『堕ちていく』『掴み取れない』ほか、暴力と不条理と劣情が混在する松田美優の珠玉の作品集登場!

長編慣れしてないなあ、ひとつひとつのエピソードはいいんだけど、どれもプツンと切れた感じで繋がりがキレイじゃないし、メインキャラ以外はへのへのもへじになりがちだし――もしかしていままで発表された作品は、短編にエピソードを付け加えて長編にしたものなんじゃ?…と思っていたら、なんと4作目は短編集ときた。以下、掲載順に1作品ずつ感想を(計8本)。

!以下、ネタバレ注意報!

★ … つまらない(ニガテ)    
★★ … なかなか面白い(それなりに好み) 
★★★ … 面白い(好み)

すべて年上×年下、「堕ちていく」「掴み取れない」は、かなり年の差あり。

■「巧みな狙撃手」リーマン×高校生 ★★(受は好みじゃないが)
表題作。早朝、いつものように犬を連れて森の中を歩いていた主人公(20代リーマン・職業SE)が、自家発電中の高校生(知り合い)をたまたま見つけ、その弱みを握って手ごめにするという、不道徳極まりない話。禁忌や背徳だけでなく不道徳の壁までヒョヒョイ!と飛び越えてくる、松田センセのフットワークの良さには感心する。無理やりというのではなく、攻が「秘密を共有しよう」と受をそそのかし、「別に悪いことしてないもんねー俺たち」と和姦に持ち込む。そこに倫理はない。でも暴力もない。そのあたりが痛くならない理由か。主人公(攻)は遅刻しながらも会社へ行き、同僚にあっけらかーんと情事を話す。ノリは軽いくせ、頭の中はダークな姦計でいっぱい。その乾いたギャップ――エリスだねえ。この作品で初めて松田センセの一人称(攻視点)を読んだが、上手くてビックリした。エダさんの域だと思う。ただ「巧みな狙撃手」というタイトルがもたつく。改題したほうが良かったような。

■「甘美な試乗」自動車整備工×リーマン(客) ★★★(これが一番とっつきやすい)
修理の終わった車を受取りに行った主人公・本田(受)が、担当整備工・東堂(攻)と試乗に出てみたら、いつの間にやら脱出不可能な場所に車を横付けされ、手ごめにされてしまう話。たしかにこれまた不道徳な話なんだけども、なぜか「ひどい!」と思わなかったその最大の理由は、松田作品なのに(!)、攻・東堂は、丁寧な言葉使いする意外とマトモな社会人(整備工)で、店に出入りしていたお客・本田(こちらも意外とマトモなリーマン)のことがずっと好きだった、本田も彼女はいるけど、東堂がいい男だったのでちょっと気になっていた――と、なにやら恋や愛の感じられる土台があったからである。そしてやっぱり暴力と痛みはない。しかもふたりは(松田作品なのに)大人同士、これは貴重、初めて好みに当たったぞー!ヒット打てたぞー!滅多にないぞー!

しっかし車中でコトが終わって最初のひとことが――

東堂:「すみませんでした」
本田:「……いえ」

それで済むわけないやろーーーーーーーーーーーーーーっ!!

…いやそれで済むんだな、だって松田作品だから(もはや免罪符)。
文体は表題作に続いて一人称、視点が受になってもあいかわらず上手い。脱出不可能な横付けシチュエーションもナルホド、こりゃ悪いヤツならしそうだなと思った。ただベタなタイトルがヘンに固く、しっくりこない。それが残念。

■「制裁」問題体育教師×高校生 ★(乾いたダークはキライじゃないけど)
倫理観薄めなイマドキ高校生(受)が、先生(攻)をからかっていたら、鬼畜な本性を出した先生に体育倉庫へ連れ込まれ、手ごめにされてしまう、タイトル通りな話。不道徳極まりない、見つかったら即タイホ!な高校教師(攻)は『不道徳な闇』の笹川に、受は『赤い呪縛』の日向に似ている。もしかしたらそれらのベースがこの作品だったのかも。基本的に私は大人攻の高校生受が好みではなく、さらに相手が教師となるとニガテ、どうにもパスしたくなる。ぼや〜っとしたエンディングはJUNEっぽい、でも陰湿にならないところはあいかわらずだね。

■「トモダチカンケイ」友人同志 ★★(ちょっと精神的に痛い)
身体を繋ぎたがる攻と友だちに戻りたい受による、ただただヤリっぱなしな話。攻が受に飽きるときがくるのか。仮にそのときが来たとして、ふたりは友だちに戻れるのか。私はこのほとんどストーリーのない話に行間を感じる。せつない。

■「犬と餌」風俗店支配人ヤクザ×バイト ★(ある描写にビックリした)
仕事で失敗した受に制裁を加えるヤクザの話(『自己破壊願望』のベース?)。松田美優が書くヤクザは「本職さん」という感じで、萌える人は少ないだろうなあ。それ以前に、松田作品に「萌え」という感情は、(書いてるご本人は別として)なかなか湧き上がってこないし、作品によってはあまりにダークすぎてついていけないかもしれない。間口は確実に狭い。

で、そんな本作で驚愕したことがひとつ。

大麻が出てきた。キッチリ「大麻」と書かれてある。媚薬じゃないよ。抱かれる報酬として毎回、受が攻から受け取り、自らの意思でハッパ吹かすんだよ?…そしてそれが、「逃げられない相手に恋愛感情を持ってしまって壊れていく自分への唯一の救い」だと受は思い、語るんだよ?……凄い。BLではタブーかもしれないこの描写をよく許した、それだけ松田美優の書きたいようにさせてるということ?>SHYノベルス編集部

■「死ぬほどキスしてくれ、ベイビー」フリーター×小悪魔 ★★(奈良画伯、さすが!)
友人が好きならしい男の子(受・年下…高校生?)に、ちょっとした好奇心から手を出してみたら、思いがけず本気になってしまった攻(フリーター)視点の話。ほとんどヤリっぱなし。あいかわらず松田美優の描く攻は、倫理観のうすーい、テク持ちイマドキにーちゃんで、「……ヤラせてくれ」というストレートな物言いが似合うヤツである。逆にそんなセリフがないと、松田作品を読んだ気がしない。で、本作は、すべてにおいて松田美優の十八番だと思われる内容なんだけれども、ここにきてようやく気付いた。攻と受の間には一種、体育会系的な関係とノリがあるんだよ!…あーそっかー、だからかー、にーちゃん×高校生だと受がとくに従順なのは!…はねっかえりで手に負えない受って出てこないし、なんだかんだ云って、にーちゃん攻もカワイコちゃん受に(無理は強いるけど)結局は優しいもんなー。そのせいで痛くないんだ。わかったどー!…あとタイトルがいいね。松田作品によく似合うと思う。

■「堕ちていく」義父(40代)×息子(高校生) ★★★(ダーク好きにはたまりません)
男にしか興味のない高校生が、自らの仕掛けで母親の再婚相手(つまり義父)と関係を持ち、快楽を得ながら深みに嵌っていくという、いままでの作品とは明らかに一線が引かれた、JUNEっぽい閉塞感のある背徳的な不条理作品。「なーんだ体育会系じゃーん!」と気付いたあとに、いきなりこれである。

朝、妻と寝ていたベッドで義理の息子を抱く義父――なんとも強烈な背徳ぶりだが、注目すべきは、攻の義父は穏やかな物腰の落ち着いた大人、受は大人びたシニカルな高校生だということ。ともに松田作品では異色のキャラであり、「なーんだそういうのも書けるんじゃないの、松田センセ!」とちょっと嬉しくなった。ちなみに文章スタイルは主人公(高校生)の受一人称、これがまたものすごーく上手い。表題作の感想で、エダさんを引き合いに出したけど、そういえば昔エダさんも、こういうヤリっぱなしの話(たしか一人称)をWEBで公開していたっけ、あの話も背徳的だったなと思い出した。

閉塞感と背徳に満ちたふたりが、タイトル通り「堕ちていく」1本。松田美優なので痛くない(ただし独特の冷たさがある)。JUNE世代の方、いかがですか?

■「掴み取れない」義父(40代)×息子(高校生) ★★★(不条理ダークだね)
「堕ちていく」の続き。身体の快楽のみ、そこに愛はない――そう割り切って始まった関係。温厚に見えて実は冷ややかな義父と、大人びていてシニカルに物事を見がちな息子の駆け引きは、母親への嫉妬という人間らしい感情から、新たなカードが切られ次の局面を迎える。誘ったのは息子、勝利したのは義父?…はたして本当にそういえるのか――う〜む…オチはなく、余韻を残してぼや〜んと終わっていくので、よくわからない。ただこれはこれでいいように思える。ダークで不条理な話に、わかりやすいオチでめでたしめでたし♪というのは似合わないし、松田美優は短編でも起承転結のある話を書いていない、短編というより一区切り、つまりシークエンスを書いているという印象なので、今の時点ではこれが精一杯なのかな。

総合評価:★★★☆(松田美優がわかってきた!)
ご本人直筆で「ひたすらヤってます」(大洋図書HPのPOPより)とあっけらかーんと書かれてしまっては、もう下向いて「そうですかー…」としか云えない、マジで「ひとりエロとじv」状態の短編集だった。

読んでみて思ったのは、エロうんぬんより、松田美優は、起承転結のあるキッチリしたストーリーラインを持つ短編ではなく、一区切り、シークエンスを書いてくるタイプなんだな、だからエピソード追加で長編化しただろういままでの作品は、エピソードの繋がりが雑でプツンと切れた印象があったんだ、受と攻くらいしか出てこないシークエンスの連続だから、長編では脇キャラがへのへのもへじになりがちだったんだ、ということ。

ただ…どうしてもBLは、短編でも起承転結のあるハッピーエンドな作品を求められるし、ラブ最至上主義なため、松田センセのようなシークエンスで不条理を書いてくる作家や、そういう作品にはどうしても辛口評価がついてしまう(海外やほかのジャンルでは、そんなタイプで高評価な作家はゴロゴロいるのにね)。その証拠に、密林では2つ星評価で「どの話も魅力なし」「全体にボヤ〜ッとしている」と書かれてしまっていて、たぶん本も売れてない。私なんかは、「ヤってるだけ」だとしても、短編のほうがいいと思うんだけどなあ。アンハッピーエンドな作品だって実は1本もないのに。ここまできたらもう好みの問題だね。私はホメたけど、たぶん…←でリンクしている方の中で好みに合う方はひとりもいらっしゃらないと思う。

それでも、リブレの「エロとじv」でつまらなかった作家より、松田美優のほうが数百倍上手い(断言する)。今回初めて読んだ一人称は、そのあまりの上手さに絶句した(とくに「堕ちていく」「掴み取れない」)。なんだなんだなんだ、松田センセ!めちゃ上手いじゃないっスか!…ってか、なんで長編で一人称作品を書かせないのだ!?>大洋図書(SHYノベルス編集部)

本作の絵師は奈良千春画伯。前回「作品を見事につかんでる」と書いたけど、今回もそうで、素晴らしい絵師ぶりだった。なんでこんなにも「松田&奈良」の相性がいいなんだろう?…ちょっと考えてみた。たぶん…禁忌や背徳、不条理を軽々飛び越え、エロをばばーんと書(描)いてくる、そして、どこかしら冷たいものが感じられる――そんなところが共通しているんじゃないかな?

さて。デビュー作は高評価を受け、最新作は思いっきり貶された松田センセ――次回作はどう出る?

ZERO STARS … 論外/問題外作
★ … お好きな人はどうぞ。
★★ … つまんない。
★★★ … 退屈はしないしけっこう面白い。
★★★★ … 面白い。佳作/秀作。エクセレント。
★★★★★ … 天晴れ。傑作。ブリリアント。

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