■『帝都万華鏡 梔子香る夜を束ねて』 鳩かなこ
ISBN:4062865173 挿絵:今 市子 講談社 2008/03/03 ¥630
ある程度読み進めれば、おのずと展開の予想はついてしまう、美しい予定調和をみせていくストーリーを追っかけるよりは、その絡みついてくる独特な文章による場面描写を読んでいるほうが断然面白い、鳩かなこさんのデビュー作『帝都万華鏡 桜の頃を過ぎても』に、脇キャラとして登場した春洋が主人公のスピンオフ作品。
前作を読んだとき、琢馬視点での京介描写がひどく冷たく(琢馬が鈍感だから余計?)、「なんだ京介ってヤツは、自分の興味のない人間は視界に入ってこない男なのか」と思ってしまい、いくらあとになって「誤解されがちだが、実は情の深い男」とわかっても、京介が琢馬の才能に気付かなければ、その存在すら背景にしていたのか、才能がすべてというのも残酷な話だよなと、のっけから京介→琢馬に萎えてしまった。その代わりというか、ふたりの共通の友人として登場した画家の春洋がひどく魅力的で、「ああ、この人の話が読みたいなあ」と思ってたら、やっぱり出た。
前作では京介と琢馬の視点チェンジがあったが、本作では春洋視点のみ。ストーリーは、勘違いから出会った紘彦に、いつしか恋をしていく春洋の心の移り変わり、そして、鳩さんの頭の中にある美しい大正浪漫(というより「大正ファンタジィ」といったほうが近いような)の世界に生きる人々を描いた大河風ドラマで、相変わらず霞のかかった美しさが出来上がっている時代ものである。
前作同様、ワンジャンルオンリーな大正浪漫、しかもすべてが「鳩かなこ様式」に則った、どこまでも美しい世界。個性的といえば個性的だし、文章も上手いといえば上手いんだけれども、そのぶんを差し引くかのようにストーリーは凡庸で、「春洋と紘彦はこの先どうなるの?」という、ページを急いで捲りたくなるような恋が描かれているわけではない。簡単に云ってしまうと、「ああ、よくできてるなあ、でもいつかどこかで読んだような話、安心して眺めていられる」。独特な文章と大正浪漫は好みの問題になるので、評価の分かれ目はそこにあるような気がする。
いまどきのBLと比較して珍しいと思うのは、独特の文章より、主人公の視点と視線にゆるぎがないこと。京介と琢馬の間でフラフラしていた1作目より、ずっといい。フツーのBLに慣れていると「紘彦の心情がよくわからない、もっと描いて欲しい」と思うところだろうが、鳩さんは「自分の中の大正浪漫に棲む、恋する春洋」を大フィーチャーしたかったのではないかと思うので、紘彦の気持ちがよく見えないのは仕方がないというか、実はそれがもっともリアルな片思い(=一方だけが相手を恋い慕うこと)描写なんじゃないだろうか。本当は両思いなのに、ちょっとひねくれて素直になれない春洋を読んでいて、私は楽しかった。
歴史的には激動だったとしても、大正時代の人々の暮らしや考え方は、情報に溢れ、西洋文化が入り組んだいまの時代より、純日本的かつゆっくりとしていたものだと思うので、「見えないじれったさ」「ふたりの間の距離」が、全体によく表れていた作品といえる。私は大正ロマニストではないが、そんな時代と人々を美しいと感じ、憧れ、描きたいと思う鳩さんの気持ちがわかる気がする(だから「箱庭的」「霞がかった美しさ」で作品が出来上がっている。いい意味での「ウェルメイド」)。たとえ史実と違う大正だったとしても…それはそれでいいじゃないの。大正浪漫萌えしたもん勝ちだ。
鳩さんの描く人物はみな大人である。後半、春洋となにやら関係のあった恩師(BL風にいうと当て馬)が突然出てくるが、さら〜っとしか描かれない。ここも人によっては「もっとちゃんと当て馬との過去を書いてよ」と思うところだろうが、私はいいじゃないのそれで、と思う。「昔、いろいろありました」――大人なんだから、そんなことのひとつやふたつ、あるでしょ?…他人にベラベラと語りたくないことが、ね。
今後の問題と不安は、鳩さんの発表する作品がずっとこの路線なのかということ。もしそうならば、熱狂的なファンを生むと同時に、読者層を限定してしまい、「入り込めない」と一度読んで終わってしまう読み手も出てくるはず。ちょっともったいない。文章が独特なわりにストーリーが凡庸なのも、悪い意味でウェルメイドな印象を与えるので気になる。そして最大の不安は、好きなものを夢中で書いているのはわかる、でもどこまで読み手を意識しているのかなあ、ということ。こういう作家は――そうだな、他の作家なら松田美優あたりにも感じる――書きたいものがなくなったら、どうするのだろう?…寡作でもいいので、できれば長く活動して欲しい――余計なお世話かもしれないが。
絵師の今市子さんについて少し。今センセは、ホクリークを代表する漫画家(富山ご出身)であり、私も鼻高々、BL・非BL問わず作品は面白く、その画力と麗しさは素晴らしい!と常々思っているのだが、BL挿絵師となると……どの作品もピンとこない。表紙カバー絵は美しいのだが、挿画はフツー、可もなく不可もなくというレベル。う〜ん。まあ今回は、鳩さんが新人ながらもひっじょーに筆力のある作家なので、文章にマッチする挿絵を描ける絵師はもともといない、今センセの麗しさを以ってしてもむずかしいんだよ、という話なのかもしれない。
評価:★★★★(1作目より面白い。今後に不安はあるけれど)
新刊時に巻かれているオビ。色を指定するのは担当さん?それとも作家?…鳩さんの作品は、タイトル通り「万華鏡」的に、古式ゆかしき大和色の鮮やかさがあり(私の、そしてたぶん鳩さんの頭の中で)、春洋については「男が身につけない色を頓着なく身につけるから、珍しい感性だと、同級生に腐されたこともある」と出てくる。その色が薄桃色(襦袢)で、とても印象的だった。そして読了後、本にぴたりと巻かれているオビが、まさにその薄桃色であることに気が付いた。深読みしすぎかもしれないけれど、もし狙ってその色にしたのならば、指摘されると嬉しいんじゃないかと思うので、いい感じ、グッジョブだったと書いておく。
ZERO STARS … 論外/問題外作
★ … お好きな人はどうぞ。
★★ … つまらない。
★★★ … 退屈しない。なかなか面白い。
★★★★ … とても面白い。佳作/秀作。エクセレント。
★★★★★ … 天晴れ。傑作。ブリリアント。
■『帝都万華鏡 桜の頃を過ぎても』の感想
こちら→http://diarynote.jp/d/25683/20080202.html
ISBN:4062865173 挿絵:今 市子 講談社 2008/03/03 ¥630
すべては勘違いからはじまった――。
ときは大正。女たちがひしめき合う吉原遊廓で生まれ育った横山春洋は、帝都の一高をやめ、いまは京都で絵画を学ぶ身。久しぶりの実家で座敷にあがった春洋は、馴染み客の息子・岡野紘彦と出逢う。紘彦からのまっすぐで無垢な求愛に、心惑わされる春洋。惹かれ合うもすれ違うふたりは――。濃艶な文体で綴られる、切ない恋物語。待望のシリーズ第2弾!
ある程度読み進めれば、おのずと展開の予想はついてしまう、美しい予定調和をみせていくストーリーを追っかけるよりは、その絡みついてくる独特な文章による場面描写を読んでいるほうが断然面白い、鳩かなこさんのデビュー作『帝都万華鏡 桜の頃を過ぎても』に、脇キャラとして登場した春洋が主人公のスピンオフ作品。
前作を読んだとき、琢馬視点での京介描写がひどく冷たく(琢馬が鈍感だから余計?)、「なんだ京介ってヤツは、自分の興味のない人間は視界に入ってこない男なのか」と思ってしまい、いくらあとになって「誤解されがちだが、実は情の深い男」とわかっても、京介が琢馬の才能に気付かなければ、その存在すら背景にしていたのか、才能がすべてというのも残酷な話だよなと、のっけから京介→琢馬に萎えてしまった。その代わりというか、ふたりの共通の友人として登場した画家の春洋がひどく魅力的で、「ああ、この人の話が読みたいなあ」と思ってたら、やっぱり出た。
前作では京介と琢馬の視点チェンジがあったが、本作では春洋視点のみ。ストーリーは、勘違いから出会った紘彦に、いつしか恋をしていく春洋の心の移り変わり、そして、鳩さんの頭の中にある美しい大正浪漫(というより「大正ファンタジィ」といったほうが近いような)の世界に生きる人々を描いた大河風ドラマで、相変わらず霞のかかった美しさが出来上がっている時代ものである。
前作同様、ワンジャンルオンリーな大正浪漫、しかもすべてが「鳩かなこ様式」に則った、どこまでも美しい世界。個性的といえば個性的だし、文章も上手いといえば上手いんだけれども、そのぶんを差し引くかのようにストーリーは凡庸で、「春洋と紘彦はこの先どうなるの?」という、ページを急いで捲りたくなるような恋が描かれているわけではない。簡単に云ってしまうと、「ああ、よくできてるなあ、でもいつかどこかで読んだような話、安心して眺めていられる」。独特な文章と大正浪漫は好みの問題になるので、評価の分かれ目はそこにあるような気がする。
いまどきのBLと比較して珍しいと思うのは、独特の文章より、主人公の視点と視線にゆるぎがないこと。京介と琢馬の間でフラフラしていた1作目より、ずっといい。フツーのBLに慣れていると「紘彦の心情がよくわからない、もっと描いて欲しい」と思うところだろうが、鳩さんは「自分の中の大正浪漫に棲む、恋する春洋」を大フィーチャーしたかったのではないかと思うので、紘彦の気持ちがよく見えないのは仕方がないというか、実はそれがもっともリアルな片思い(=一方だけが相手を恋い慕うこと)描写なんじゃないだろうか。本当は両思いなのに、ちょっとひねくれて素直になれない春洋を読んでいて、私は楽しかった。
歴史的には激動だったとしても、大正時代の人々の暮らしや考え方は、情報に溢れ、西洋文化が入り組んだいまの時代より、純日本的かつゆっくりとしていたものだと思うので、「見えないじれったさ」「ふたりの間の距離」が、全体によく表れていた作品といえる。私は大正ロマニストではないが、そんな時代と人々を美しいと感じ、憧れ、描きたいと思う鳩さんの気持ちがわかる気がする(だから「箱庭的」「霞がかった美しさ」で作品が出来上がっている。いい意味での「ウェルメイド」)。たとえ史実と違う大正だったとしても…それはそれでいいじゃないの。大正浪漫萌えしたもん勝ちだ。
鳩さんの描く人物はみな大人である。後半、春洋となにやら関係のあった恩師(BL風にいうと当て馬)が突然出てくるが、さら〜っとしか描かれない。ここも人によっては「もっとちゃんと当て馬との過去を書いてよ」と思うところだろうが、私はいいじゃないのそれで、と思う。「昔、いろいろありました」――大人なんだから、そんなことのひとつやふたつ、あるでしょ?…他人にベラベラと語りたくないことが、ね。
今後の問題と不安は、鳩さんの発表する作品がずっとこの路線なのかということ。もしそうならば、熱狂的なファンを生むと同時に、読者層を限定してしまい、「入り込めない」と一度読んで終わってしまう読み手も出てくるはず。ちょっともったいない。文章が独特なわりにストーリーが凡庸なのも、悪い意味でウェルメイドな印象を与えるので気になる。そして最大の不安は、好きなものを夢中で書いているのはわかる、でもどこまで読み手を意識しているのかなあ、ということ。こういう作家は――そうだな、他の作家なら松田美優あたりにも感じる――書きたいものがなくなったら、どうするのだろう?…寡作でもいいので、できれば長く活動して欲しい――余計なお世話かもしれないが。
絵師の今市子さんについて少し。今センセは、ホクリークを代表する漫画家(富山ご出身)であり、私も鼻高々、BL・非BL問わず作品は面白く、その画力と麗しさは素晴らしい!と常々思っているのだが、BL挿絵師となると……どの作品もピンとこない。表紙カバー絵は美しいのだが、挿画はフツー、可もなく不可もなくというレベル。う〜ん。まあ今回は、鳩さんが新人ながらもひっじょーに筆力のある作家なので、文章にマッチする挿絵を描ける絵師はもともといない、今センセの麗しさを以ってしてもむずかしいんだよ、という話なのかもしれない。
評価:★★★★(1作目より面白い。今後に不安はあるけれど)
新刊時に巻かれているオビ。色を指定するのは担当さん?それとも作家?…鳩さんの作品は、タイトル通り「万華鏡」的に、古式ゆかしき大和色の鮮やかさがあり(私の、そしてたぶん鳩さんの頭の中で)、春洋については「男が身につけない色を頓着なく身につけるから、珍しい感性だと、同級生に腐されたこともある」と出てくる。その色が薄桃色(襦袢)で、とても印象的だった。そして読了後、本にぴたりと巻かれているオビが、まさにその薄桃色であることに気が付いた。深読みしすぎかもしれないけれど、もし狙ってその色にしたのならば、指摘されると嬉しいんじゃないかと思うので、いい感じ、グッジョブだったと書いておく。
ZERO STARS … 論外/問題外作
★ … お好きな人はどうぞ。
★★ … つまらない。
★★★ … 退屈しない。なかなか面白い。
★★★★ … とても面白い。佳作/秀作。エクセレント。
★★★★★ … 天晴れ。傑作。ブリリアント。
■『帝都万華鏡 桜の頃を過ぎても』の感想
こちら→http://diarynote.jp/d/25683/20080202.html
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