■『デコイ 囮鳥』『デコイ 迷鳥』 大洋図書 挿絵:奈良千春 各903円
銃を手に意識を取り戻したとき、安見亨はそれまでの記憶をすべて失っていた。俺は誰だ?この銃は…?自分に怯える安見に名前を教え、優しく、けれど得たいの知れない闇を感じさせる男、火野。一方で高仁会元会長の殺人事件をめぐり、ある男たちが呼び出されていた。関東侠和会に属する那岐と加賀谷だ。交錯する過去と現在。そして、因縁。男たちの闘いが始まる!!

ある過去と現在の事件を通して繋がる4人の男たち。
そんな彼らの絡み縺れていく因縁の愛を、群像的に描いた英田兄貴の最新作。


! 以下、激しくネタバレ注意報 !

★未読の方は本気でご注意下さい。


『エス』の設定と世界観はそのままに、ある事件の真相を巡って繋がっていく4人の男たち(那岐・加賀谷・火野・安見)と、ヤクザに潜入捜査警官、政治家にヒットマン、黒社会に警察機構を対比させながら、いつもの硬派な文体にリズミカルな行間によって、執着ラブストーリーが展開していく。

まず手放しで褒めたいのは、群像劇としてたいへん素晴らしい作品だということ。

群像劇は、それぞれのキャラの背景と心理、そして伏線のある相関が書けていないと簡単に崩壊する。もともと兄貴は立ったキャラが何人も書ける作家ではあるが、とくに本作のキャラ相関は(那岐と火野の過去にムリはあるが)上手くできていて、隙がない。混乱もない。誰が誰とどう繋がり、そしてそれぞれの過去がそれぞれの現在とどう繋がっていくのか――読み進めていくうちに、張られた伏線と投じられた布石によって、判明していく。なかでも、佐藤(仮)と喫茶店マスターの立ち位置が素晴らしく、佐藤(仮)の正体が明かされる『囮鳥』のラストシーンは、名シーンといっていい。そして女性キャラも野郎どもの向こうを張っていて、その存在はまったく邪魔にならない。

――対して、ラブはどうだろう?

メインは4人だが、基本視点は那岐と安見のふたり。
このふたりを関連づけているのが火野なので、彼がこのストーリーのキーパーソンになる。

那岐視点では――犯した罪に苛まれる男から見た、過去を共有する火野。
安見視点では――記憶を失って頼るものがない男から見た、敏腕ヒットマン・火野。

火野はミステリアスな男であり、彼を知るには、那岐と安見の視点を介さないとわからない。だが、どちらの視点をもってしても、火野がなぜ安見に執着するか、わかりづらかった。わかりづらいからダメなのではなく、火野は理解できない男のままでいいと読み手に思わせているのは、安見自身が真実を知って罪の意識を持ち続けたまま、彼と未来を共にする決意を(なし崩し的ではあるが)したからである。決して明るくはないし、本当にそれでいいのかと思うんだが、互いに必要としてるのならばそれもいいだろう。ただし、安見が最後まで火野とともに生きていくのかどうか、気になるところではある。安見が精神的に崩壊、または頭部に受けたダメージの後遺症が出て、未来がなくなってしまうか、あるいは逆に立ち直り、火野を捨ててしまう可能性がないとはいえない(火野は安見を捨てないだろう)。そのとき、結果的にまたもやひとりになってしまう/二度捨てられることになる火野は…どうなるのだろう?…火野×安見に対して、どうやら私はBL的ラブ思考ができないようだ。

逆に加賀谷×那岐は、実にわかりやすい、BL定番と云えるカップルな上、加賀谷が私好みの「受に長年悶々愛を強いられてきた攻」なので、「成就できてよかったね、那岐をしあわせにしてやってくれ!」以外、なにも云うことはない(実はあったりするが、いまは控えておく)。加賀谷は那岐の過去を知ったところで動じない、まるごと受け止めてくれる大人だろうし、あれだけ悶々に堪えてきたんだから、もっともとを取ったっていいくらいだ。そして加賀谷×那岐が安泰カップルがゆえに、火野×安見が「それもありかな」と思えるのだろう。

群像劇としてよくできている、ラブも書けている――褒めてばかりなのだが、気になるところはやはりいくつかある。

まず、那岐の出した答え「過去のけじめ=**殺し」。身勝手で空虚だと那岐本人も自覚していて、その心理描写はよく書けているが、倫理観からくる違和感や、「けじめ」という言葉とその決着に引っかかりを感じてしまう読み手がいるかもしれない。

ラスト近くの佐藤(仮)とマスター対決。緊張感のある駆け引きは素晴らしいし、とくに正体が判明してから、「マスター」という呼称が本名(偽名かもしれないが)にすっと変わっていくところは絶妙なんだが、佐藤(仮)の説明が多く、シーン自体が長すぎる。そこまで語らなくていいし、引っ張らなくていい。『デコイ』の中で、なにひとつ清算できなかった男が佐藤(仮)だ。その無念、彼の感じる空虚――ハードボイルドにキメるなら、セリフやシーンも固く茹でたほうが良かったんじゃないだろうか。ちょっとくどくて、ゆるい。

どんなに硬派な作品に仕上がっても、キャラにやたら愛を誓わせたり、コーヒーを飲む場面がよく出てきたり、ラスト間近になると説明的な文章が増えたり、受が最中にこっ恥ずかしいこと喋り捲ったり(しかも声が大きそう)、キャラのセリフや行動にツッコミどころを必ず残してくれるあたりなど――やっぱり兄貴節は健在、いつまで経っても変わらないでいてくれそうである。

評価:★★★★(何回も読み直したいとまでは思わないけど)
しっかし…安見が記憶を戻すきっかけがあまりにベタだったので、「え?いまどきコレ?マジで?」と、文章を追っかけていた目が点になってしまった。フツーだったら、絶対死んじゃうって!

あとそうだな~、さあいよいよ…というところで、加賀谷が「専用のものがない。これで我慢してくれ」と云いながら、戸棚から出して持ってきたのがヴァセリンでマジよかったよー。もしここで加賀谷がオリーブオイルを出してきたら絶対爆笑していたhttp://akirine.blog59.fc2.com/blog-entry-18.html)と思うもの。いや~ホントよかった、ヴァセリンで。

ちなみに「専用のものがない」ってことは、つまり「部屋に誰も連れ込んでない」ってことだから、ゲロ吐かれても那岐一筋だった加賀谷はエライよ、悶々愛系攻の鏡だね。あ~アタシ好み~♪


ZERO STARS … 論外/問題外作
★ … お好きな人はどうぞ。
★★ … つまらない。
★★★ … 退屈しない。なかなか面白い。
★★★★ … とても面白い。佳作/秀作。エクセレント。
★★★★★ … 天晴れ。傑作。ブリリアント。

「オススメ作品」は基本的に★★★☆以上。
「絶対オススメしておきたい作品」には@RECOMMEND@ マークがつきます。
性格上の理由から、★評価は厳しくなりがちなので、★5つ作品はあまり出ないと思います。

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