SHYからデビューした松田美優さん、約1年ぶりの新作。通算5冊目。

松田さんといえば、「ワーキングクラスのオラオラ兄ちゃん×小悪魔高校生」が基本、ちょっと冷めた三人称の地の文に、「イマドキ男の子の活きたダイアローグ」を上手く絡ませながら、やや禁忌で不条理っぽいキャラとストーリーを書いてくる作家。たとえ作品に無体な鬼畜や禁忌が描かれていても、心をチクチクキリキリと痛ませたり、どよーんと沈ませるようなことはなく、逆に「それでいいの?」と読み手を驚かせるようなあっけらかんとした軽さ、不思議な渇きを与えてくる――のに、サブカル系のスノッブさが見られない(つまり嫌味じゃない)。ひとことでいえば、「ドロドロをカラカラに仕上げる人」。BL界でこういう作家はほかにいない…と思う。

ただ長編として読むならば、「エピソードのブツ切れ感・心情と背景が掴みにくい・キャラ相関が希薄」という、できればもうちょっと書き込んで欲しい箇所が散見され、デビュー作『赤い呪縛』以降の作品にヒットがなかった。作家が自分の書きたいものを楽しんで書いているうちはいい(もちろん、生みの苦しみはあったと思う)、でも商業ベースに乗っかったBLとなれば、アンケートハガキだけでなく、ネットでも自作品に対する正直な批評や感想が読めて、なにがセーフ(≒ウケて売れる)で、なにがアウト(≒敬遠されて売れない)なのかがわかってくる――千差万別な好みを持つ読者を抱えていても、実は意外と狭いジャンルだということを、松田さんが意識し始めたらどうなるのかな…と思っていた。

その約1年後、リリースされたのが本作『夜空に煌めく星の下』。


>>>>!以下、ネタバレ注意報!<<<<<


イマドキの高校生・智鶴は、下級生の女の子・紗綾から告白され、なんとなく付き合いだすものの、彼女の家で兄・秋成に出会い、彼に心ひかれる自分に気付く。そんなある日、智鶴は思いがけず秋成と体を繋いでしまう。紗綾に対する後ろめたい気持ちと秋成への思いとの間で、板ばさみになる智鶴。そして秋成も、前科持ちの自分に優しく接してくれる家族を思い、智鶴を遠ざけようとするが――という、付き合っている相手の兄を好きなってしまう、一種の不倫といえるほんのりとした禁忌フレーバーのあるストーリー。

一読後のファーストインプレッションは、松田さんは 狭いジャンルの中で模索している真っ最中なんだな、というもの。「夜空に煌めく星の下」というタイトル(素敵だと思う)、ストーリー、キャラ心情に背景など、以前よりリリカルになった…というか、リリックの効いたキャラの心情や背景を、意識的に書こうとしているなと感じる。

受キャラ・智鶴の日常が淡々と描かれる中、秋成と紗綾の間で揺れる心情がせつなく語られていく。ズルイ男の子かもしれない。だけれども、彼が紗綾に対し、後ろめたい気持ちを抱いているのがよく伝わってくるので、憎めない。智鶴はまだまだコドモというか、ブラックコーヒーが飲めないというくだりなど、松田さんはこういうエピソードが本当に上手いなと、しみじみ思う。以前より一文がやや短めでリリカルになったせいなのか、智鶴の心情に、橘紅緒が書くような、空気感のあるせつなさを感じる(でも橘さんのような不思議な透明感はない…ビコーズ松田さんだから)。

…と、このように受はいいのだが、攻の秋成がなんだか中途半端な印象を受ける。今までの作品ならば、攻キャラはただのオラオラ兄ちゃんで終わっていて、キャラの背景や受を思う気持ちがイマイチ、もしくはサッパリわからなかった。だが本作の攻キャラ・秋成は、どんな過去を持っているのか、どういう家族構成で(しかもなにやら義母に思いがありそう、という伏線まであり)、どんな仕事をしていて、どう周りから評価されているのか…といった攻の背景が意外と見える。ここが今までと大きく違う点。ただ残念ながら、いろいろ書いているのに、攻の葛藤があまり伝わってこないし、ふたりの禁忌となる紗綾は物分りよすぎで都合よすぎ、義母の伏線も効果ナシという、いままでの松田さん路線まんまなものだから、なんだか釣り合いが取れてない。このあたりにバランスを保たせることが、 これからの松田美優作品の方向性を決める一番のポイントなのかもしれない。

本作のラストを読むと、一方的に受が自責しているように思え、「はいはい、ふたりがよければいいのね」と、強引に持ち込んだハッピーエンドと感じる。攻だって葛藤しているんだという、「恋愛は受・攻イーブン」がどこかに欲しい(『赤い呪縛』は、ラスト立場が逆転することでイーブンに持ち込んでいたよね)、でも攻を描きすぎては、松田さんの「禁忌を軽く越える」個性が薄くなってヌルく感じる。BL定番である当て馬キャラや、別カップルを安易に登場させないあたり、これまた松田さんらしいのだけれど、もう少し立った脇キャラが出てきてもいいように感じる(ここが「ウケるBLが持つ要素」なのかもしれない)。

本作は、いつもの松田美優モノではないし、新しい松田美優モノともいい切れない。前向きにいうなら、松田さんに新たな魅力(たとえばリリック)が加わるかもしれないという、可能性と希望が感じられる――途上の追い風に乗った作品だろうし、後ろ向きにいうなら、個性が消えて凡庸になっていく――向かい風によるブレーキがかかってしまった作品だろう。でも、これからどう風を読んで帆を張り、操舵するかは松田さん次第。松田さんの持つ個性は、唯一無二、貴重だと私は思っている。誰にも似ていない魅力を持ち続けて欲しい、でもやっぱり面白いものが読みたい。結局、読者である私も、ひきづられるように悩んでしまったような気がする。

松田先生。
寡作でも、頑固一徹「オラオラにーちゃん×高校生」でも構いません。ヒゲだって、攻略次第だと思います。じっくり取り組んで、次回作、頑張って下さい。応援しています!

評価:★★★(…途上の1本、かな?)
松田さんって、車がお好きなんだろうなあ。車が出てくると、文章がイキイキしてくるんだもん。そして描写だけでなく、車選びも上手い。シーマじゃなく、ちょっと古いクラウンだなんて「らしい」よね。『赤い呪縛』でも、攻のオラオラにーちゃんが乗ってる車が黒のサバーバンだったりして、その選択に他のBL作家にはないキラリとしたセンスを感じた。

ZERO STARS … 論外/問題外作
★ … お好きな人はどうぞ。
★★ … つまらない。
★★★ … 退屈しない。なかなか面白い。
★★★★ … とても面白い。佳作/秀作。エクセレント。
★★★★★ … 天晴れ。傑作。ブリリアント。

「オススメ作品」は基本的に★★★☆以上。
「絶対オススメしておきたい作品」には @RECOMMEND@マークがつきます。
性格上の理由から、★評価は厳しくなりがちなので、★5つ作品はあまり出ないと思います。


★挿絵担当の奈良画伯について
いつもよりリリカルな印象を受けたのは、実を云うと画伯に対してもそうで、本編モノクロ挿絵の描線がいつもよりゆるめというか、センシティブ系の絵師によく見られるような線の「はらい」、紙面に空間(白さ)を感じた。画伯はよく絵が変わる方なので、単に「また変わった」だけかもしれないけれど、松田さんに変化があったので、それを察した画伯が意識的に描線を変えたのかと思ってしまった。作品にピタリと絵を合わせてくる技術を、画伯はお持ちだから。

ただ今回は、その本編の挿絵よりカバー絵が良かったなあ。特に裏。この作品を印象付けるアイテムは、なんといってもブラックコーヒー缶。表紙で智鶴がなにげなく持っているこの缶に、実はストーリーがあるのだと裏で語っている。缶からこぼれたコーヒーが、黒から次第に赤くなっていき、智鶴・秋成・紗綾の足元を流れていくという、3人のちょっとしたドロドロ関係を暗示させているのだけど、これが不思議と重たく感じさせない(これ見よがしな主張ではなく、暗示と感じさせるからかな?)。だから、松田さんと相性がいいんだろうなあ。

で、描かれたキャラをよーく見ると、秋成の頭に巻かれたタオルの結び目が、ちゃんと縦結びになってる(男の人にありがち)。バックポケットにメモがある(運ちゃんにありがち)。Tシャツの下から覗く左上腕部に、刺青がある(隠し切れないところがポイント)。智鶴のシャツがいいかげんだったり、ダボつかせた制服のボトムス(チェーン付き)を腰穿きしているというあたりが、これまた松田さんが描く高校生らしく、本当にディテールに凝って作家に合わせてくるというか、上手いよなあ…って、そんなところまでチェックする自分に呆れてます、はい。

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